東京地方裁判所 昭和39年(ワ)3050号 判決 1966年7月07日
原告 金栄換
被告 株式会社林銅鉄店
主文
被告は原告に対し二五一、一九〇円およびこれに対する昭和三九年一月二二日以降支払済みまで年五分の金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決は原告の勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。
事実
第一、申立
一、原告
「被告は原告に対し五、九九一、九九九円およびこれに対する昭和三九年一月二二日以降支払済みまで年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行宣言
二、被告
原告の請求を棄却するとの判決
第二、主張
一、原告の請求原因
1 被告と訴外日通興業株式会社(以下訴外会社という。)は、昭和三〇年三月二八日に銅材伸銅品等商品売買契約(以下本件売買契約という。)を結び、継続的取引を開始したが、昭和三二年一〇月三〇日に、訴外会社が右取引により被告に対して現在および将来負担する買掛金債務、手形小切手上の債務、利息等その他一切の債務を担保するため訴外会社所有の土地建物および機械器具(以下本件物件という。)について、極度額を六、〇〇〇、〇〇〇円とし、期間を定めない根抵当権(以下本件抵当権という。)を設定する旨の契約を結び、同年一一月一一日にその旨の登記手続をした。
2 被告は本件抵当権の被担保債権として、訴外会社に対し別表一の(一)記載の約束手形一三通に基く合計五、九七九、〇〇〇円の債権、同(二)記載の小切手五通に基く合計一、一二〇、四五〇円の債権および同(三)記載の売掛金債権八、〇〇一円を有するとして、昭和三七年六月二日に東京地方裁判所に本件物件の競売の申立をした(同裁判所同年(ケ)第五二九号)。
原告は昭和三八年九月六日本件物件を買い受けたので、本件抵当権を消滅させ、右競売申立の取消を受けるため、同年一二月二日に被告に対し右被担保債権の弁済(第三者弁済)のため極度額六、〇〇〇、〇〇〇円を供託した。
被告は昭和三九年一月二二日に右供託を受諾し、供託金六、〇〇〇、〇〇〇円の還付を受けた。
3 しかし、被告が当時有していた被担保債権は別表一の(三)記載の債権八、〇〇一円だけであって、別表一の(一)および(二)記載の手形小切手に基く債権は被担保債権に属しないものであった。
すなわち、別表一の(一)記載の約束手形一三通および同(二)の1記載の小切手一通は、訴外会社が被告に対し消費貸借の元本債務の支払のために振り出したものであり、同(二)の2ないし5記載の小切手四通は、訴外会社が被告に対し消費貸借の利息債務の支払のために振り出したものであっていずれも訴外会社が本件売買契約に基く取引により負担する債務の支払のために振り出したものではない。
かりに、被告主張のように、別表二の(一)ないし(三)記載の約束手形が本件売買契約に基く取引による債務の支払のために振り出されたものであり、従って、被告が右手形に基いて有していた債権が本件抵当権の被担保債権に属するとしても、右手形はいずれも支払期日に決済されたのであるから、これにより右被担保債権は消滅した。そして、被告主張のように、訴外会社が被告から交付を受けた資金で右手形を決済し、右資金と引き換えに被告に対し新手形を振り出したものとしても、右新手形は旧手形の書替手形ではなく、旧手形の決済資金を目的とする消費貸借のため振り出されたものと認めるべきであるから、別表一の(一)記載の約束手形が被告主張の経緯で振り出されたものであるとしても、右手形は消費貸借上の債務の支払のために振り出されたものであって、被告が右手形に基いて有する債権は本件抵当権の被担保債権に属しない。
そして、被告は前記供託金の還付を受けた当時他に本件抵当権の被担保債権を有しなかった。
4 しかるに、被告は右事実を知りながら、前記供託金の還付を受けたのであるから、法律上の原因なく、悪意で、六、〇〇〇、〇〇〇円から八、〇〇一円を差し引いた五、九九一、九九九円を利得し、原告に対し同額の損失を及ぼしたことになる。
5 よって、原告は被告に対し五、九九一、九九九円とこれに対する昭和三九年一月二二日以降支払済みまで民事法定利率年五分の利息の支払を求める。
二、被告の答弁
1 原告の請求原因1および2記載の事実は認める。同3記載の事実中、被告が原告主張の供託金の還付を受けた当時別表一の(三)記載の債権を有し、同債権が本件抵当権の被担保債権に属していたことおよび同(二)の1記載の小切手一通が消費貸借上の債務の支払のために振り出されたものであることは認るが、その余の事実は否認する。原告の請求原因4記載の事実は否認する。
2 被告は本件売買契約に基く取引による売掛代金支払のために訴外会社から昭和三三年二月当時別表二の(一)記載の約束手形一〇通および同(二)記載の約束手形一通を受け取っていたが、そのころ訴外会社が手形を期日に決済することが困難になったので、被告は以後訴外会社との取引を原則として現金取引によることにし、右合計一一通の手形については、支払期日に順次書き替え、その際に一部ずつ支払を受け、これをくり返えすことにより、長期間に全部支払を受けることにした。その後被告が本件売買契約に基く取引による売掛代金支払のために訴外会社から受け取った手形は別表二の(三)記載の約束手形三通だけである。
以上の手形合計一四通のうち別表二の(二)記載の約束手形一通だけは期日に決済されたが、残りの一三通は数回書き替えられ、その際に一部の支払があり、手形金額の端数が整理され、結局別表一の(一)記載の約束手形一三通になって、いずれも不渡になったのである。
ところで、被告は訴外会社から受け取った手形をすべて取引銀行で割り引いてもらってあったから、手形書替をするに当り取引銀行から手形を買い戻すとすれば、被告および訴外会社の信用を失墜することになるので、被告は訴外会社から新手形と延期利息の交付を受けるのと引き換えに、訴外会社に対し新手形の額面相当の現金を交付し、訴外会社においてこれを資金として旧手形を決済させることにより、旧手形の書替を行なって来た。
従って、別表一の(一)記載の約束手形一三通はいずれも訴外会社が本件売買契約に基く取引による債務の支払のために振り出した手形の書替手形であって、原告主張のように消費貸借上の債務の支払のために振り出されたものではない。又、かりに、右手形が書替手形ではなく、消費貸借上の債務の支払のために振り出されたものと解されるとしても、右消費貸借は本件売買契約に基く取引と無関係になされたものではなく、本件売買契約に基く取引による債務の支払のために振り出された手形の決済資金を目的としてなされたものであって、本件売買契約に基く取引と相当因果関係があるから、訴外会社が新手形に基いて負担する債務は、「本件売買契約に基く取引より生じた一切の債務」の中に含まれる。従って、いずれにしても、被告が別表一の(一)記載の約束手形に基いて有する債権は本件抵当権の被担保債権に属するものである。
3 次に、別表一の(二)の2ないし5記載の小切手四通は、前述のような方法による手形書替をするに当り、訴外会社が被告に対し新手形とともに交付すべき延期利息の支払に代えて振り出したものであって、原告主張のように消費貸借上の債務の支払のために振り出したものではない。従って、被告が右小切手に基き訴外会社に対して有する債権もまた本件抵当権の被担保債権に属する。
4 そして、本件売買契約に基く取引による債権の遅延損害金は日歩五銭の割合による約であったから、被告は本件抵当権の被担保債権として、(1)別表一の(一)記載の約束手形一三通に基く債権一、九七九、〇〇〇円、(2)同(二)の2ないし5記載の小切手四通に基く債権一二〇、四五〇円、(3)同(三)記載の債権八、〇〇〇一円および(4)以上の金員に対する日歩五銭の割合による最後の二年分の遅延損害金債権を有していたのであって、本件抵当権の被担保債権は極度額六、〇〇〇、〇〇〇円を超えていたから、被告は原告主張の供託金の還付を受けたことにより、法律上の原因のない利得をしたものではない。
第三証拠関係
一、原告
1 甲第一号証の一ないし甲第二号証、甲第三号証の一、二、甲第四号証の一ないし一八甲第五号証、甲第六号証の一ないし三、甲第七号証の一ないし三および甲第八号証の一、二を提出、
2 証人菅野昌雄および同首藤定夫の各証言を援用
3 乙第一号証の原本の存在および成立は不知と陳述
一、被告
1 乙第一号証を提出(写をもって提出)
2 証人木戸力男および同瀬々秀雄の各証言および被告代表者尋問の結果を援用
3 甲第六号証の一ないし三および甲第八号証の一、二の成立は不知、その余の甲号証の成立は認めると陳述
理由
一、被告と訴外会社が、昭和三〇年三月二八日に本件売買契約を結んで継続的取引を開始し、昭和三二年一〇月三〇日に、右取引により訴外会社が被告に対して負担する買掛金債務、手形小切手上の債務、利息等その他一切の債務を担保するため、本件物件について極度額を六、〇〇〇、〇〇〇円とする根抵当権を設定する旨の契約を結んだことおよび原告が昭和三八年一二月二日に被告に対し右抵当権の被担保債権を弁済するため、六、〇〇〇、〇〇〇円を供託し、被告が昭和三九年一月二二日に右供託を受諾し、右供託金の還付を受けたことは当事者間に争がない。
ところで、原告は右供託をする前に被告に対し弁済の提供をしたこと等、弁済供託の有効要件たる事実を主張立証しないから、被告が訴外会社に対し被担保債権を有していたとすれば、右被担保債権は被告が右供託を受諾した昭和三九年一月二二日に消滅したものと認めるほかはない。そこで、以下に、被告が同日現在訴外会社に対して有していた被担保債権の額について判断する。
二、<省略>以上の事実を総合すると、別表一の(一)記載の約束手形一三通の中には、前示長期支払計画に従って振り出された手形と、これとは別に消費貸借のために振り出された手形とが含まれており、前者に当る手形の合計金額は訴外会社の帳簿に長期借入金として計上されている三、四〇〇、〇〇〇円であり、後者に当る手形の合計金額は右帳簿に借入金として計上されている二、五七九、〇〇〇円であると認められる。<省略>
三、ところで、債務者が抵当権によって担保される買掛金債務の支払のために債権者にあてて振り出した手形が、債権者から第三者に譲渡された後に、債権者と債務者の合意により、右手形の支払期日を延期する目的で、債務者が新手形と延期利息を債権者に交付し、それと引き換えに、債権者から新手形の額面相当の現金又は小切手を受け取り、これを資金として旧手形を決済したときは、これにより旧手形上の一切の権利は消滅するけれども、新手形は旧手形の原因債務である買掛金債務の支払のために、旧手形に代って振り出されたものであり、この場合新手形の金額が旧手形のそれより小さいときは、右原因債務はその差額に相当する限度で消滅するけれども、新手形の金額に相当する部分は、新手形の支払期日まで支払が猶予されただけで、新手形が債務者によって支払われるまでは残存すると認めるのが相当である。そして新手形の支払期日を延期する目的で、更に新々手形が振り出され、これが次々とくり返えされた場合も、右と全く同様に解すべきである。
右の場合、原告主張のように、新手形は旧手形の決済資金を目的とする消費貸借のために振り出されたものであると解するとすれば、旧手形が決済されるとともに、抵当権の被担保債権である旧手形の原因債権も消滅することになる上、新手形上の権利および新手形の原因債権は右抵当権によって担保されないことになり、当事者の合理的な意思に反することは明らかであるから、原告の右主張は授用し難い。
<省略>
ところで、債務の支払のために振り出された約束手形が支払のために呈示されたにもかかわらず、振出人である債務者が支払を拒絶したときは、債務者は右呈示の日の翌日から原因債務についても遅滞に陥ると解すべきであるが、前示甲第四号証の六ないし一八によれば、別表一の(一)記載の約束手形のうち、1および7は各支払期日の翌日に、その余はいずれも各支払期日に、それぞれ支払のため呈示されたにもかかわらず、振出人である訴外会社はいずれも支払を拒絶したことが認められるから、訴外会社が前記債務三、四〇〇、〇〇〇円について遅滞に陥ったことは明らかである。しかし右債務の支払のために振り出された手形が、別表一の(一)記載の手形のうちのいずれであるかを確定する資料がないから、訴外会社が右債務について遅滞に陥った日を認定するについては、本件抵当権の被担保債権が存在しないことの立証責任を負う原告に最も不利益に解するほかない。そこで、別表一の(一)記載の約束手形のうち、合計金額が三、四〇〇、〇〇〇円となる手形の組合せの中から、遅延損害金が最も多額となるような組合せを選ぶこととし、右債務の支払のために振り出された手形は別表一の(一)記載の約束手形のうち、1、3、4、5、9、11、12の七通であると認める。そうすると、訴外会社は右債務のうち、一、〇〇〇、〇〇〇円については昭和三五年六月七日から、二〇〇、〇〇〇円については同年七月九日から八〇〇、〇〇〇円については同月一五日から、二〇〇、〇〇〇円については同年八月六日から、八〇〇、〇〇〇円については同月七日から、四〇〇、〇〇〇円については同月一三日から、それぞれ遅滞に陥ったことになる。
そして、成立に争のない甲第三号証の二はよれば、本件売買契約に基く取引による債務の遅延損害金は日歩五銭の約であったことが認められるから左債務について、右認定の遅滞の日から昭和三九年一月二一日までの遅延損害金を計算すると、合計二、一八八、六〇〇円となる。
そうすると、被告は同月二二日当時本件抵当権の被担保債権として、本件売買契約に基く取引による売掛金債権三、四〇〇、〇〇〇円およびこれに対する遅延損害金債権二、一八八、六〇〇円、以上合計五、五八八、六〇〇円の債権を有していたわけである。
四、次に、成立に争のない甲第四号証の一、三、四および五、前示甲第六号証の三、前示証人首藤の証言により成立の認められる甲第八号証の二および弁論の全趣旨を総合すると、別表一の(二)の2ないし5記載の小切手四通は、訴外会社が前示長期支払計画に従って被告に振り出した際に、被告に対して支払うべき延期利息の支払に代えて振出交付したものであること、被告は右小切手を取引銀行に譲渡し、同銀行は支払人に支払のため呈示したが、支払人は支払を拒絶し、同日の日付を付して、その旨の宣言を右小切手に記載したことおよび被告はその後右小切手を買い戻し、昭和三九年一月二二日当時にはこれを所持していたことが認められる。そうすると、被告は同日当時訴外会社に対し、右小切手四通に基き、小切手金合計一二〇、四五〇円およびこれに対する前示呈示の日である昭和三五年六月一日から昭和三九年一月二一日までの小切手法所定の年六分の利息二六、三三四円、以上合計一四六、七八四円の債権を有していたことになる。
そして、前示長期支払計画に従って振り出された手形が本件売買契約に基く取引による債務の支払のために振り出されたものであることは前認定のとおりであるから、右手形の支払期日を延期するための利息の支払に代えて振り出された右小切手四通に基き、被告が訴外会社に対して有していた右債権もまた本件売買契約に基く取引より生ずる一切の債権に含まれ、従って、本件抵当権の被担保債権に属すると認めるべきである。
五、そして、被告が昭和三九年一月二二日当時訴外会社に対し本件抵当権の被担保債権として、別表一の(三)記載の売掛金債権八、〇〇一円を有していたことは当事者間に争がない。ところで、訴外会社が当時右債務について遅滞に陥っていたか否か、遅滞に陥っていたとすれば、いつからかを認定するについて的確な資料がない。しかし成立に争のない甲第五号証、前示甲第八号証の二および弁論の全趣旨によれば、右八、〇〇一円の買掛金債務のうち三、八六七円は昭和三五年四月二三日に、又残りの四、一三四円は同年五月一六日にそれぜれ発生したことが認められるから、本件抵当権の被担保債権が存在しないことの立証責任を負う原告に最も不利益に解することにより、訴外会社は右債務が発生した日の翌日から遅滞に陥ったものと認める。そして、本件売買契約に基く取引による債務の遅滞損害金は日歩五銭とする約であったことは前認定のとおりであるから、右債務の昭和三九年一月二一日までの遅延損害金は合計五、四二五円(一円未満切捨)となる。
そうすると、被告は同月二二日当時本件抵当権の被担保債権として、(前記三の債権とは別に)本件売買契約に基く取引による売掛金債権八、〇〇一円およびこれに対する遅延損害金債権五、四二五円、以上合計一三、四二六円の債権を有していたわけである。
六、以上のとおり、被告は昭和三九年一月二二日当時訴外会社に対し、(1)前記三の五、五八八、六〇〇円、(2)前記四の一四六、七八四円および(3)前記五の一三、四二六の合計五、七四八、八一〇円の被担保債権を有していた。そして、被告が当時右認定の額を超えて被担保債権を有していなかったことは弁論の全趣旨に照らし明らかである。
それにもかかわらず、被告は同日原告が弁済のため供託した六、〇〇〇、〇〇〇円の還付を受けたのであるから、これにより右金員のうち、右認定の被担保債権の額を超える金員すなわち、二五一、一九〇円を、法律上の原因なくして利得し、原告に対し同額の損失を及ぼしたといわなければならない。
そして、債権者は特別の事情がないかぎり、自己が有する被担保債権の額を知っているものと推定すべきであり、本件において、被告が当時右認定の額を超えて被担保債権を有しなかったことを知らなかったと認められるような特別の事情があったと認められないから、被告は右金員を悪意で利得したと認めるのが相当である。
従って、原告の請求中、被告に対し右利得二五一、一九〇円および利得の日である昭和三九年一月二二日以降右支払済みまで民事法定利率年五分の利息の支払を求める部分は理由があるから、これを認容すべきであるが、その余の部分は理由がないから、これを棄却すべきである。<以下省略>。
<以下省略>